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沙流川キャンプ&山行~①北日高岳、②雲知来内川~雲知来内岳=2016年8月27日~28日

夏の名残を楽しむー沙流川キャンプと山行で=2016年8月27~28日、日高町・沙流川オートキャンプ場

キャンプの夜はふけてゆく
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キャンプの模様(動画)


 日高山脈の最高峰・幌尻岳を最源流にした沙流川は、アイヌ語の別名で「シシリムカ」と呼ばれてきた。「川(河口)がすぐに土砂で詰まる」という意味になる。
  日高山脈では、プレートが受ける圧力の関係で山並みの西面、つまり日高側で土砂崩壊が起きやすいと言われており、とりわけ、この沙流川水系は雨が降るとすぐに濁ることで知られる。アイヌの古名には、経験則としてその因果の意が込められている。
  8月17日に台風7号、21日に台風11号、23日に台風9号―と、観測史上初めて3つの台風が同じ年、しかも同じ月に北海道に上陸した。
  特に11号は日高山脈を直撃し、日高町など日高地方で被害を出した。さらに山行後の30~31日には台風10号が北海道西方をかすめ、日高山脈周辺にも豪雨をもたらした。その結果、沙流川沿いの日高町千栄で全世帯に避難勧告が出され、雲知来内岳パーティーが渡った国道274号の千呂露橋が増水のため崩落し、国道が不通となってしまった。千呂露川はもちろん、雲知来内川もさらに荒れたと思われる。
  キャンプ場の脇を流れる沙流川は前日までの雨の影響もあって、茶色い濁流と化していた。相当な土砂を下流域に供給していることが容易に推察できる。1997年に完成した下流の二風谷ダムは完成後5年で、ダム湖の堆砂容量(ダム建設から100年間に堆積すると計算された土砂量)を超えており、自然の摂理は人知で計り知れないところがある。
 2週にまたがった大雨の余韻が残る8月27日~28日、16人が参加して、沙流川源流域にある日高町のキャンプ場で、ゆっくりのんびりキャンプの時間を楽しみ、尾根登山(北日高岳)と沢遡行(雲知来内岳)に分かれて休日を過ごした。2日間とも、事前の予報が見事にはずれ、晴天に恵まれた。
  洪水による林道崩壊や増水による濁りで、予定していたペンケヌーシ岳登山や釣りができなかったのは残念だった。キャンプを指揮したガミさん、料理に腕をふるったタミさん、食材買い出し、調理やテント、会場設営を手伝ってくれた皆さんに厚く感謝したい。
  夏のキャンプと山行をセットにした試みとして、2013年の島牧村・江の島海岸(千走川本流~狩場山)、2014年の鹿追町・然別峡野営場(幌加川五の沢~丸山噴泉塔)、2015年の上富良野町・白銀荘キャンプ場(アバレ川~美瑛岳など)に続いて企画した。短い北海道の夏、スローでメローなキャンプの時間にどっぷりと浸かり、日高らしい山に分け入るのも悪くない。
  台風10号は日高山脈の十勝側に大きな被害をもたらしたが、日高側の最奥に位置した(山)日高町千栄周辺も大きなダメージを受けた。1日も早い復興を祈りたい。

■キャンプ参加者
がみ、ひとみ、今G、ちーやん、あっきーら、あんべchan、たみ、あさみん、みやもん、まえかー、みうらー、くりぼー、福ちゃん、shogo、マリー、kuroneko=以上16人

■キャンプの模様
BBQコーナーで
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ハンモックで寛ぐ
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以下は、28日の沢班「雲知来内川右俣~雲知来内岳(1241m)~雲知来内川左俣」の記録である。
◎雲知来内川から雲知来内岳(1241m)=8月28日
■メンバー
shogo、福ちゃん、マリー、kuroneko(4人)
■タイム
貯水池脇6:02→c500二股6:59/7:02→c680滝7:41/8:07→雲知来内岳11:08/11:22→c500二股15:23→貯水池脇16:17<下山>
右俣はこんな感じだ
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左股はこんな感じだ
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沢山行のエッセンス(動画)

 「雲知来内」と書いて、「ウンチキナイ」と読む。アイヌ語でun-chikir-nayが音韻変化して un-chikin-nayとなり、「そこにいる・足(跡)・川」という意味になるとか。
 雲知来内川は、沙流川の支流である千呂露(ちろろ)川のさらに支流になる。右俣と左俣を合わせれば、滝、ヤブコギ、ゴルジュなど日高の要素がコンパクトに詰まった沢であり、山椒は小粒でもピリリと辛い日高の沢という印象を抱く。下降に使った左俣は上流域でゴルジュ帯が続き、なかなかの景観を秘めていることを付け加えておきたい。
 沙流川オートキャンプ場で朝食を済ませ、1台の車に乗り合わせて、日高町・千栄(ちさか)の千呂露川林道へ。千呂露川はまだ茶色く濁って増水していた。千本橋手前の脇道から雲知来内川沿いにある貯水池脇に車をとめさせてもらった。前日27日に偵察した時は茶色く増水した雲知来内川は白濁色に変わり、減水していた。しかし雲知来内川林道は台風の影響をもろに受け、貯水池先で大きくえぐれていた。橋のない林道であり、林道とはいえ渡渉が連続している上、河床に大きな段差ができており、現状では車での走行は無理だ。
 貯水池~c500二股は、左岸、右岸に付けられた雲知来内川林道跡と河原歩きで小一時間かかる。ここから右俣へ。c680のF1以降、いくつか滝が出てくる。詰めは結構な斜度の根曲がり竹のヤブコギになるが、ここを我慢して頑張れば、山頂周辺や尾根上のブッシュは薄くなる。
 山頂からの眺望は残念ながら、積雪期や秋に広葉樹が葉を落とさない限り、期待できない。三角点脇に山頂標識が据えられていたが、字は色あせて判読しにくくなっていた。
 山頂からは北に延びる尾根を小一時間進み、雲知来内川左俣の左俣を下降する。急な笹や草地帯を下降していくとc900くらいで水流とぶつかり、しばし火照った体をクールダウンさせた。
 結構斜度のある小滝をシャワーを浴びながらクライムダウンするのは神経を使った。人が入っていない沢なので、浮き石、転石が多い。
  そのうち見事なゴルジュ帯と遭遇、なんだか儲けたような気分になる。なかなか見ることができないミニゴルジュ地形。マイナーな沢も捨てたもんじゃない。1カ所、両岸が切れたち、フリーでのクライムダウンができない高低差10㍍くらいの滝が出てきて、ここはハーケンを2本打って懸垂下降で降りた。
  あとは二股まで特段難しいところはない。先行記録も参考に左俣の左俣沢は下降に適していると判断してこのルートを取ったが、ゴルジュ帯の通過がカギになる。30~31日の洪水により、国道274号の千呂露橋が崩落しており、雲知来内川もさらに相当に影響を受けたとみられる。

この日の軌跡(総歩行距離=15.008㌔)
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雲知来内林道は洪水により河床が広がり、大きくえぐられていた(帰りに撮影、貯水池手前)
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随所で、岩石や倒木が堆積していた。もともと崩れやすい地形に、台風3連発が加わっているゆえ、むべなるかな
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右俣c680付近の滝。高低差10m
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右俣の渓相
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山頂稜線に出て、雲知来内岳山頂へ
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ダケカンバと笹に囲まれた雲知来内岳山頂の三角点
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雲知来内岳山頂から北に延びる尾根を行く。ブッシュはこの程度の背丈だ
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左俣c800下部でゴルジュ地形がしばらく続く
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この滝は、ハーケン2本でピンを取って、懸垂下降で下った。下部はシャワーダウンになるので右の壁をつたった
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左股にはこんなゴルジュ滝が連なる
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by babishe2009 | 2016-08-29 22:36 | 山行部 | Comments(0)

岩尾温泉~雄冬山(増毛山道)=2015年10月12日

岩尾温泉~岩尾分岐~雄冬山肩=2015年10月12日
■メンバー 16人(マイケル、ひとみ、なかじ、タマ、なべ、ふなっきー、まべっち、コニッシ、ふなこっし、おのっち、今爺、タナッカ、ひすみん、前母、まちゃ、KURONEKO)

■タイム 岩尾温泉「夕陽荘」6:10~岩尾分岐8:50~雄冬山肩c1075地点11:10/30~岩尾分岐~旧武好駅逓(古通行屋=ふるつこや)跡13:00/13:15~岩尾分岐13:30~岩尾温泉「夕陽荘」15:05

この日の軌跡(総歩行距離・21.845㌔)
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増毛山道(雄冬山から岩尾分岐を目指して。暑寒別岳方面をのぞむ)
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■長い前置きから
18世紀以降、ニシン漁の漁場が北海道の日本海沿岸各地に形成され、特に増毛周辺は「マシケ千石場所」と呼ばれ、大量のニシンが獲れた。江戸時代を経て、明治から大正時代にかけては「一起こし千両、万両」といわれるくらい、ニシン漁は全盛時代を迎え、各漁場には人が増えていった。「開拓使事業報告」(明治18年=1885年)によると、天塩国・増毛郡(現在の増毛町)だけでも197のニシン漁場が開かれたと記録が残る。

◆歴史あふれる増毛のマチの光景
明治15年(1882年)創業、国内最北の酒蔵・国稀酒造の外観。国指定重要文化財
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◆明治8年(1875年)創業、増毛町発の総合商社「丸一本間家」の外観。同じく国指定重要文化財
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◆大正10年(1921年)に開業した留萌本線の終着駅・増毛駅
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◆12 :44 分着のドン行が入線してきた。廃止が取りざたされているため、撮り鉄、乗り鉄が目立ち、駅舎は賑やかだった
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しかし、石狩国・浜益郡(現在の石狩市浜益区)にかけての海岸線は、暑寒別連峰の山が海に落ち込み、断崖絶壁が多く、海岸線の各漁場間の通行、連絡がままならなかった。
そんな地勢的事情に加え、ロシアの南下に対する蝦夷地警護のため、箱館奉行により山道開削が半ば強制的に命じられ、マシケ場所などの場所請負人だった豪商、2代目伊達林右衛門(だて りんえもん、1799年~1872年)が、今の金額で1億7000万円の私費を投じて、安政4年(1857年)、開通させたのが増毛山道だ。

◆増毛山道の光景。馬が歩いた道なので比較的緩やかに付けられている
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◆増毛山道の別苅~岩尾分岐~岩尾温泉(岩老)には、別苅方向からと、岩尾温泉方向からと、それぞれ100ずつの番号標識が据えられている
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◆増毛山道本線の増毛町別苅側の入り口
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増毛町別苅(べつかり)から雄冬山肩、浜益御殿山頂を経て、旧浜益村幌(現石狩市浜益区幌)までの平面距離で27㌔の山道本線は、岩尾温泉~岩尾分岐の岩尾支線(平面距離で5㌔)とともに、交易路、生活路として人や馬が行き交い、部分的には戦後まで使われていたという。
北海道3大秘岬の一つ、雄冬岬周辺を含む海岸線沿いの道路整備がようやく終わり、昭和56年(1981年)11月、国道231号が全線開通。留萌管内と石狩管内を結ぶ幹線道路がつながったことで、増毛山道の意義は完全に失われ、廃道化が一気に進んだ。
ちなみに、国道が全線開通した同じ56年11月に発表された映画「駅STATION」では、増毛~雄冬が陸路でなく、船便でつながっていた光景が描かれている。

◆駅「STATION」(降旗康男監督、高倉健、倍賞千恵子主演)のDVDパッケージ
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主演・高倉健扮する道警刑事の出身地は雄冬。事件捜査とプライベート両面で、主舞台の増毛駅に出入りする場面が映し出され、増毛港~雄冬港を行き来していた定期船便がたびたび出てくる。「陸の孤島」時代の雄冬が美しく、厳しく描かれている。
増毛山道は、増毛町を中心にしたニシン景気の栄華に加え、長く続いた「陸の孤島」時代の雄冬~浜益エリアの歴史の所産に他ならない。
そんな北海道の歴史遺産を何とか復活させようと、有志が2008年、NPO法人「増毛山道の会」を立ち上げ、留萌振興局の協力を得て2010年、増毛町別苅~岩尾分岐(平面距離で11㌔)と、岩尾温泉~岩尾分岐(同5㌔)をまず復元。さらに2014年に岩尾分岐~雄冬山肩まで(同5㌔)を復元させ、市民トレッキング開催などで山道のPRに努めている。
雄冬山肩までの北側は留萌管内で道有林と民有林、雄冬山肩~浜益御殿は留萌管内の道有林と石狩管内の国有林が並走、浜益御殿山肩より南側は石狩管内で国有林が中心。石狩側の山道復元についてはようやく国有林内の踏査が許可され、今年後半から来年度にかけてルートの位置確認作業が予定されている。
山道の最高標高は1000㍍を超える。札幌周辺には、1000㍍を超える登山用の縦走路として空沼岳~札幌岳があるが、交易・生活路としての古い歴史を誇る山道としては道内でも飛び抜けて高い標高に開かれたものだ。ちなみに、北海道には全部で2400の一等水準点があるが、最も標高が高いのが、この増毛山道上にある浜益御殿山頂(記録上は1038㍍)になる。図面上、山道には、明治39年(1906年)~40年に埋石された一等水準点が全部で17あることになっている。この山道が重要なルートであったことの証である。このうち10の一等水準点が確認できている。
豪雪地帯の山道だけに、維持していくためには人の往来が欠かせない。いい形で多くの人が行き交えるようになり、貴重な歴史遺産を後世に残していけないものか。
山道上には雄冬山(1198㍍)、浜益御殿(1039㍍)の暑寒の名峰2座があり、登山道として増毛町別苅、岩尾温泉、石狩市浜益区幌から登山者が往来することが最も現実的な解決策かと思われる。そのためにも、石狩市側の山道復元が具体化してくれればと願う。

◆大まかな概念図
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◆積雪期の増毛山道本線C700付近(岩尾分岐南)から雄冬山(右奥)を見るとこんな感じだ=2015年3月21日
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■プレイベントは深夜に及んだ
前日、増毛町内に入り、先発隊は増毛観光。国内最北の酒蔵である国稀酒造、総合商社「丸一本間家」、高倉健主演の映画「駅STATION」の主舞台、増毛駅周辺を探訪、果樹園や養蜂園、かまぼこ店、魚介店を回った。江戸時代からの古い歴史を誇る増毛の一端を知る。
ちなみにロケで使われた風待食堂は観光案内所になっており、映画撮影時の写真パネルが展示されている。
18人が増毛町内の某所2カ所に分かれて宿泊、夜遅くまで杯を重ねた。
翌12日朝、前夜の深酒がたたったのか、体調不良などで酒豪の2人がリタイヤ、残り16人が岩尾温泉の最奥にある「夕陽荘」前に集結した。
強風による越波で、雄冬~浜益の国道231号は通行止めで、白波が防波堤に打ち寄せている。天気は曇り空だ。
夕陽荘に断って車を駐車場の一角に駐車させてもらい、坂になった車道を登り、増毛山道の会が設置した「山道標識 i1」が出発地点になる。
ちなみに標識にある「i」は「岩尾温泉起点」の岩尾支線を意味しており、別苅まで160㍍間隔で岩尾温泉からの登りルートとして見えるように設置されている。逆向きに同じように160㍍間隔で「b」の標識が掲示されているが、これは「別苅起点」の「b」という意味で、岩尾温泉まで設置されている。つまり、前後を見れば80㍍間隔で標識があることになっている。

◆増毛山道・岩尾支線の入り口、増毛町岩老の岩尾温泉の光景
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■山行編
本山行は、増毛山道の会に協力を仰ぎ、留萌振興局に入林許可申請をして許可をうけて実行に移した。現時点では、無許可での入林ができないためだ。
岩尾温泉のある岩老集落のはずれ、「i1」の標識を前に、橋を渡ると、畑がしばらく続く。やがて森の中に道は連なっていく。海岸線の風はきつかったが、樹林の中なのでまったく風の影響がない山道だ。
マルヒラ川沿いに高度を徐々に上げていくが、山道沿いには、民家の痕跡とおぼしき石垣の名残がところどころに残る。30分も歩くと民有林を抜け、道有林に入る。道有林の入り口には「立入禁止」の赤標識が2つかかっており、トラロープで「通せんぼ」状態になっている。許可を得ているので、そのまま進ませてもらう。

◆道有林の「入り口には、「立入禁止」の赤標識が設置されている。
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やがてマルヒラ川に注ぐ支沢を越えるところに石組み跡が出てくる。山道を歩く馬にとっては支沢越えの細かいアップダウンが難敵。支沢を越えるための橋脚跡だそうだ。


◆馬が支沢を渡るために橋があった場所
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◆一か所、水流がそれなりにある沢越えもある
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こんな支沢越えを何カ所かを越えて、最大の支沢をクリアすると山道はやがて直上し、地形図上にある林道と交錯しながら進む。途中、電信・電報時代の名残、電信柱の残骸が4、5本散見された。
山道があったとはいえ、積雪期には海は荒れて、海岸沿いの漁場(集落)同士の連絡、往来はまなまならない。特に断崖絶壁が断続する雄冬、浜益地域は陸の孤島と化してしまう。そうした事情もあって、暑寒別連峰沿いで明治21年(1888年)から電信線の敷設工事が進められ、22年(1889年)7月に完成。電信線は札幌方面とつながり、その年の9月には増毛でも電信や電報が使えるようになったという。
しかし、豪雪に伴う雪崩や風雪で電信線が切れるなどして、試行錯誤の末、維持しやすい山道沿いに敷設されたとみられている。電信線は、浜益御殿や雄冬山越えの敷設で苦労したとみられており、難所では建柱の間隔を縮めたり、太めの鋼線を使ったりと工夫されたようだ。


◆山道沿いに残された電信柱
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◆樹間越しに増毛天狗がよく見える。
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今年3月、増毛天狗と雄冬山に登りに来たときにBCを置いた林道をかすめて増毛天狗の山麓を回り込むようにして進むと、やがて岩尾分岐に出た。3月に登った増毛天狗973ポコ南尾根末端付近に、増毛山道本線と岩尾支線の交点に当たる岩尾分岐がある。
岩尾分岐から雄冬山側にはトラロープが「通せんぼ」状態になっているが、許可を得ているので、これも通らせてもらう。あとはたんたんと山道を行くだけだが、岩尾分岐から雄冬山側は現時点で未整備のため標識看板はない。峰越え林道を横断する地点が分かりにくいが、ピンクテープがルート上につけられている。


◆山道には、「一級国道」の証とも言える「一等水準点」が設置されている。この水準点「8465」
は明治40年7月の埋石、標高は921㍍だ
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やがて、C971ポコのササ斜面が眼前に広がるが、スキーにはちょうどよい斜度に見える。山頂前衛峰971ポコの西側を巻くように進むと。山頂稜線のC1050~1000の急斜面が見えてくる。3月に山スキーで来たとき、アイゼンを持っていなかったためこの急傾斜上部で引き返したことが思い出される。山道はこの山頂稜線ではなく、山頂稜線手前鞍部から緩やかに東斜面につけられていた。途中、C1030付近の山道上に柱石のようなサークル状の石組みがあり、雄冬山肩の一等水準点かと思いきや、これは電信柱を立てるときの支柱だそうだ。
そのまま進むと、C1040付近で二股になり、山頂方向に直上する右股を進んだ。しかし、C1075でまたしても二股。直上する右股入り口にはピックテープで「通せんぼ」になっていたので、ここが刈り払い跡では最高標高地点と判断。あとで増毛山道の会に照会したところ、この付近からさらに水平方向に約800㍍進んだところまで刈り払いが終了しているとのことだった。
2週間前、増毛山道の会でこの雄冬山肩から山頂を目指してヤブ漕ぎをしたところ、藪が濃密で、登り2時間、下り1時間かかったそうだ。
山道の最高標高が浜益御殿のC1038(一等水準点「8462」)とのことなので、C1075だとちょっと上がり過ぎかもしれない。電信柱敷設、維持の関係で雄冬山越え付近にはいろいろな刈り払いの痕跡があるようで、復元作業の見極めが難しくなっているとの話も聞いた。遠からず、ルートが確定するのを待ちたい。
ちなみに、雄冬山肩には、一等水準点「8464」(C1031㍍)があるはずだが、まだ見つかっていないという。
見晴らしのいいC1040付近まで戻り、長休憩。暑寒別岳、浜益御殿、郡別岳方面が見えるが、上部には雲がかかっていた。


◆雄冬山肩から、浜益御殿(右端)方面をのぞむ
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眺望を楽しんだあとは来た道を戻ったが、途中、断続的に雨に見舞われた。しかし一応の目的を達した後だったので、たいして気にはならない。

◆雄冬山肩斜面を降りると、山頂周辺はガスに煙っていた
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◆雄冬山肩から岩尾分岐への戻り。正面は増毛天狗
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岩尾分岐まで戻り、時間的に余裕もあったので、旧武好駅逓を目指す。7~8分歩くと、増毛天狗南東斜面末端、沢上地形の平坦地に「武好橋」の標識がある地点に達する。地元の人々が「ふるつこや」と呼びならわしてきた「古通行屋」の標識もかかっていた。


◆旧武好駅逓(「古通行屋(ふるつこや)」)の一段下には、格好の水場があり武好橋がかかっていた。その前で記念のショット
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◆古通行屋の標識。武好橋より一段高台にあり、ここが正確な旧武好駅逓跡のようだ
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旧武好駅逓跡をチェック下跡は、岩尾分岐まで戻り、往路と同じルートを下り、岩尾温泉「夕陽荘」に下山、「夕陽荘」では海を見ながらいい湯につかって汗を流し、帰札した。

◆夕陽荘前へ下山
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なを、本山行は、計画段階から増毛山道の会のK事務局長やIさんに協力をいただき、留萌振興局への橋渡し、詳細な現地情報をいただいた。この場を借りて、厚くお礼を申し上げたい。



武好駅逓について

江戸末期に「通行屋」として建てられた人馬の休み場、旧武好駅逓(古通行屋=ふるつこや=)は、明治9年(1876年)に火事で焼失し、明治35年(1902年)に約2㌔別苅方向に位置する場所に移転・新築された。
昭和16年(1941年)6月の廃止時まで人馬の往来拠点となっていたことが分かっている。廃止後も新武好駅逓の建物は戦後まで残り、北大山岳部の昭和24年(1949年)の記録に「もうすでに廃屋となってしまっていたので床下にテントをかぶって泊まった」との記載と写真が掲載されているが、その後、倒壊したのであろう。今は建物は朽ち果ててない。
旧武好駅逓については判然としないが、新武好駅逓のほうは、伊藤秀五郎の「北の山」や坂本直行のスケッチで描かれるなど、建物の形状、間取りもはっきりしている。
秀五郎は「北の山」の中で、昭和5年(1930年)の記述でこの駅逓についてこう記している。「雄冬と増毛から毎日一回、遞送人がこの駅逓で落ち合って、郵便物を交換して帰るという昔ながらのしきたりを反復しているほかは、たまたま(雄冬方面から)増毛の町に用事を足しにでた村人が立ち寄るくらいのものである」
大正12年(1923年)5月に新武好駅逓を初めて訪れた秀五郎は「ここのどことなく落ち着いた気分が好きなのである」「暑寒別山塊の山歩きにも、最初の夜を過ごすべきただ一つの旅舎なのである」と、昭和にかけて、暑寒別岳での4~5日のテント山行の出だしとして、たびたび訪れたことを紹介している。
おそらくは、鉄路を使って、大正10年(1921年)に開業したばかりの増毛駅で降り立ち、別苅から増毛山道を経由して一泊目を武好駅逓でステーションビバークし、山道をそのまま使い、雄冬山を越えて、浜益御殿経由で浜益岳、郡別岳方面や暑寒別岳方面に抜けたのであろうか。


◆2014年9月28日に日本山岳会パーティーで行った時の新武好駅逓跡。地面上に間取りが記され、茶碗やビンなどの残骸が残っていた
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◆明治35年(1902年)に建てられた新武好駅逓跡には、再現図が設置されている
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◆坂本直行氏が昭和24年(1949年)ごろに撮影したとされる新武好駅逓。廃屋状態であることが見て取れる。ここにも電信柱が写っている
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◆「北大山岳部々報」第1号(昭和3年=1928年=6月発行)に掲載された坂本直行氏の武好駅逓のスケッチ。大正15年(1926年)6月に駅逓を訪れた際に描いた作品だ。バックの山は増毛天狗
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◆「札幌二中山岳旅行部部報『ヌタック』」1号(昭和4年=1929年=1月発行)に掲載された坂本直行氏の武好駅逓の版画。北大山岳部々報1号に掲載されたスケッチを使って彫り上げており、図柄は同じだが左右が反転している。意図的な作品なのか、原版の表裏を間違えて刷った作品なのか。随想「武好の春」の挿絵として使っている
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<参考>
~坂本直行作「武好の春」から抜粋~

駅逓はガランとした大きな建物で、広い土間の片隅に、
清澄な泉が音をたててコンコンと流れていた。
家のすぐ側に炭釜があった。・・・
一夜泊った翌朝は、老人の予言通り濃霧が晴れて、
暑寒別、群別、浜益、浜益御殿の増毛山群が、
豊富な雪をベットリとつけて現われた。
きびしい山容は持たないが、大らかな展望のなかに
この山群独特の美しさを感ずる。
私は半日駅逓の屋根に上って、たのしいスケッチに時を費した。





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by babishe2009 | 2015-10-14 22:11 | 山行部 | Comments(0)

【山行部】芽室岳=2014年3月1~2日

芽室岳=2014年3月1~2日

◆メンバー フナッキー、ほとみ、shogo、ヒスミ
◆タイム 3コマ目を参照されたし

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by babishe2009 | 2014-03-07 23:50 | 山行部 | Comments(0)

【山行部】オロフレ山(1230㍍)\徳舜瞥山(1309㍍)=2014年2月8、9日

蟠渓温泉バックカントリー=2013年2月8、9日、BC・蟠渓温泉「ひかり温泉」

 ◎南面からオロフレ山=2月8日
 ◆メンバー12人
 ◆タイム オロフレトンネル脇9:55⇒オロフレ山頂11:55\12:30(ピットチェック)⇒東面C860地点<滑降>12:45\13:10⇒稜線C1000地点14:05\14:30⇒オロフレトンネル脇15:25<2回滑降組は16:20下山>

この日の軌跡
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 オロフレトンネル内駐車帯を使って、カルルス温泉側トンネル脇からスタート。山頂手前の急傾斜帯はシートラーゲンで。2月にこのルートを使うのは4回目になるが、トンネル脇、道道脇斜面には笹や灌木が埋まりきっておらず、今年が最も積雪が少なかったと思う。
 計画では山頂に着いてから東斜面を行くか、西斜面を行くか判断することにしていたが、少雪のため西斜面はブッシュが煩そうなので東斜面を滑って下山に向かうこととした。山頂東側斜面降り口でピットチェックを行ったところ、雪表面下30㌢に顕著な弱層があり「5段階評価の4」。リスク回避のため、上部の無木立帯は北の尾根状帯を回り込みながら南東に向けてC860地点まで、パウダー滑降を楽しんだ。何度滑っても、このオロフレ山の東側斜面は素晴らしいスロープが続く。「もう一本滑りたい」という8人は再度登り返し、残り4人は景色を楽しみながらゆっくり下山へ。

オロフレトンネル脇から登る
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40分登れば、美形のオロフレ山を見ながらの稜線漫歩となる
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歩いてきた稜線を振り返って
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オロフレ山山頂で
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山頂の東側でピットチェックを行った
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山頂から東斜面へ。ノートラックな斜面に12人が思い思いのシュプールを刻んだ
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C860まで滑り終え、山頂稜線を振り返る
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稜線まで登り返し、下山に向かう
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オロフレトンネル脇まで、疎林帯を最後の滑降
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 ◎牧野コースから徳舜瞥山=2月9日
 ◆メンバー11人
 ◆タイム 旧大滝村(伊達市)有牧野C572地点9:15⇒C1250地点11:30\11:50(1人だけは山頂から北斜面を滑降)⇒C572地点12:30<下山>
 定番の牧野コースから往復するも、少雪の影響もあって山頂直下が歩きにくく、C1250で行動停止。1人だけは山頂からコノエオサレベツ川のボトムに向けて北斜面を滑るも、今年は上部はカリカリで条件が悪かったという。この北斜面、積雪・気象状況によって、良し悪しがあるようだ。

登り口からいざ出陣 
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山頂を目指して
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滑降へ
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by babishe2009 | 2014-02-10 17:19 | 山行部 | Comments(0)

【山行部】奥手稲山の家BC山行=2013年12月21-22日

 12月21-22日、奥手稲山の家をベースキャンプに使って、奥手稲山と手稲山を目指した。今年1月に上平沢川~迷沢山を入山ルートに使った山行に続き、奥手稲バックカントリー第2弾として企画した。残念ながら、メーンに考えていた手稲山はルートミスと天候不良で山頂に届かず。いつか、日の長い春にでも狙ってみたい。
 今冬は雪不足のため、入山ルートの奥手稲沢川と、下山ルートの大漁沢川が中流域以下で水流が見え隠れするような状態で、いかに渡渉するか、へつるかが最大の核心となり、思わぬ時間を要した。
 大漁沢川源頭部は積雪が十分にあれば素晴らしいパウダー斜面になるだろう。その片鱗は感じることができ、少しだけ快適なパウダー斜面を滑ることができた。途中で尾根を越えて林道に早めに出ればよかったかなと反省。林道は下りこう配一辺倒なので、積雪さえ十分にあれば下降にはいいルートとは思われるのだがー。
 奥手稲山の家は何度泊まっても素晴らしい山小屋。石炭ストーブの周りで、快適なクリスマスイブ前前夜祭を過ごすことができ、ヒュッテンレーベン(小屋の生活)を楽しませてもらった。
 2日間、他パーティーにも会わず、札幌とは思えぬ静かな山々だった。雪が少ないなりに楽しめたかもしれない。

メンバー(7人)
shogo、フナコッシ、ひとみ、おのっち、もっち、しげちゃん、kuroneko

タイム
■12月21日 道道・春香小屋8:20⇒奥手稲山の家12:20\12:55⇒奥手稲山13:40\14:05⇒奥手稲山の家15:05
■12月22日 奥手稲山の家6:30⇒C950台地8:25\45⇒奥手稲山の家10:05\10:50⇒994ポコ12:10⇒道道・大漁沢川入口16:50<下山>

動画


2日間の軌跡
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入山ルートの奥手稲の沢川沿いを行く
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奥手稲山山頂にて
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奥手稲山の家で
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手稲山を目指して
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C950台地から手稲山山頂を見やって
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1泊2日、お世話になった奥手稲山の家を前に
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奥手稲山の家から994ポコを目指して
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下山ルートに使った大漁沢川を下る
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by babishe2009 | 2013-12-23 16:44 | 山行部 | Comments(1)

【山行部】愛山渓に遊ぶ=2013年9月14~15日

愛山渓の休日=2013年9月14、15日
ひとみ、フナコッシ、ゆーたん、shogo、おのっち、kuroneko(6人)

 山絶好期の9月前半の三連休、3日間とも雨が避けられそうになく、企画山行として準備していた「ユウトムラシ川~トムラウシ山」、予備山行の「千呂露川・二岐沢~戸蔦別岳、幌尻岳」とも沢ルートのため断念し、富良野経由、愛山渓で宴会三昧な時間を過ごした。13日夜は富良野の某所で一夜を明かし、14日は沼ノ平、15日は永山岳を目指そうとするも雨勢が強まり、雲井ヶ原湿原周遊で行動を終えた。温泉、宴会の時間のほうが長かったかもしれない2日間だった。




沼ノ平を行く=9月14日
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雲井ヶ原湿原で=9月15日
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by babishe2009 | 2013-09-16 10:38 | 山行部 | Comments(0)

【山行部】狩場山・賀老の滝~千走川本流、江ノ島海岸=2013年8月24日

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狩場山・千走川本流=2013年8月24日、山行部企画山行

◆メンバー(9人) マイケル、ひとみ、taiki、フナコッシ、ゆーたん、チャケ、shogo、おのっち、黒猫
◆タイム ドラゴンウオーター駐車スペース6:00⇒賀老の滝上6:20/6:25⇒峰千走橋下9:10/9:25⇒登山道14:10/14:45(詰めの藪こぎ1時間以上)
新道登山口16:10<下山>
★道の駅「よってけ!島牧」で前泊
★宮内温泉で汗を流したあと、江ノ島海岸で25日朝までキャンプ




 狩場山に東面側から突き上げる千走川本流。どうせ本流を行くなら、峰千走橋からのショートカットでなく、賀老の滝上から行こうと、国道から15㌔島牧村道を進んで賀老高原にあるドラゴンウォーター(天然炭酸水の湧出地)駐車場を出発地とした。8月24日、ドラゴンウォーターの湧き出る支沢を下降して本流に出た。途中にも天然炭酸水の湧出地を一カ所確認した。本流合流地は、賀老の滝の落ち口に当たる。高さ70㍍、幅35㍍と道内最大級の賀老の滝は「日本の滝百選」にも選ばれた名瀑。その落ち口から見下ろす光景は壮観だ。落ち口から見ると、ナメ滝部分が長さ20㍍くらいあり、そこから一気に垂直に水流が落下している。
 賀老の滝のすぐ上にあるナメ滝が最初の滝で、その先はナメが連なる。そして単調なゴーロが続くが、開けた渓相なので気持ちが良い。峰千走橋近くになると再び、滝が連発し、本流左岸側に付けられた峰越林道の橋梁が2つ本流まで流された残骸が出てくる。初夏近くまで大量豪雪が溜まる狩場東面のなせる業と受け止めた。
 峰千走橋から先は沢のエッセンスが詰まった部分で、難しいところもなく、それなりに楽しい。滝あり、ゴルジュあり、釜泳ぎあり。すべて正面突破できる。朝から晴れ間がのぞくまずますの天気だったが、昼前から通り雨に当たった。ただ核心部は抜けていたのでさほど気にならずに進んだ。やがて水流が細くなり、分岐は水量の多い方をを選んでいくうち、せたな町側からの真駒内コースの登山道と平行するように進行してしまい、軌道修正して藪を漕いだものの、予想外に手こずった。薮漕ぎ時間1時間以上になったか。地図上の登山道の位置が実際とかなり相違しており、やや混乱した。まあよくあることではありましょう。
 登山道に出るころには天気も持ち直し、真駒内コースから島牧村への新道コースに入った。ガスで煙る狩場山山頂は、気が向かないこともあって、残念ながらパスした。雨でスリッピーな登山道をゆっくりペースで下って、新道登山口へ。
 下山後は、道の駅「寄ってけ!島牧」でBBQ用の海鮮ものを仕入れて、ゾウの花子が長期間、湯治した宮内温泉で汗を流した。その後はセイコーマート島牧店で肉類、炭を買い出し、「日本の渚百選」に選ばれた江ノ島海岸に移動してキャンプ設営、BBQとポトフで潮騒を聞きながら宴会。途中で雨に降られ、トイレハウスの軒下に移動、夜は更けていった。
 翌25日は朝食後、約4㌔の砂浜が続く美しい渚に出て、泳いだり、歩いたり、それぞれにゆったり時間を使った。浜辺で食べたスイカ、ブドウが美味かった。
  龍神伝説と 「日本百選の滝」、メノウやジャスパーなどの鉱石が豊かな「日本百選の渚」、象の足をも癒した「ゾウの花子の湯治場」、天然炭酸水「ドラゴンウォーター」。そしてエンドレス宴会。むしろ、沢以外の要素に力点を置いたかも知れない島牧の旅であった。

この日の軌跡(地図上の登山道・真駒内コースの位置が実際の位置とかなり相違しており、詰めの藪こぎ時に多少混乱した)
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ドラゴンウォーターのPからスタート
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ドラゴンウォーター(御神水)の支沢を千走川本流まで下降
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千走川本流、賀老の滝の落ち口前で。松前藩の財宝が隠され、龍が守護しているという龍神伝説の釜はこの下にある
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本流はこの滝から始まった
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ショートカットのスタート地点・峰千走橋の下を行く
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登山道(真駒内コース)への最短ルートを外して、藪こぎに手こずってしまい、ようやく登山道へ。地図上の真駒内コースの登山道の位置が実際とかなり相違していた
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せたな町の真駒内コースから島牧村側の新道コースに入る
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by babishe2009 | 2013-08-25 20:11 | 山行部 | Comments(0)

【山行部】戸蔦別川本流Bカール~戸蔦別岳(1959㍍)=2013年7月13~15日

戸蔦別川本流Bカール~戸蔦別岳(1959㍍)=2013年7月13~15日、山行部企画山行

 ■メンバー イーノ、ひとみ、もっち、半テツ、フナコッシ、shogo、おのっち、黒猫
 ■タイム
<7月13日>戸蔦別川6号堰堤P7:25⇒八ノ沢出合9:15⇒C995三俣出合(BC設営)13:30
<7月14日> C995三俣出合BC5:35⇒<Bカール経由>⇒稜線(登山道)10:30/10:50⇒戸蔦別岳11:00/11:40⇒<Bカール経由>⇒カール入口/12:30/13:00⇒C995三俣出合BC16:50
<7月15日> C995三俣出合6:40⇒十ノ沢出合8:30/8:50⇒八ノ沢出合9:45/10:25⇒戸蔦別川6号堰堤P12:05<下山>


3日間の軌跡
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 日高山脈の登山路開拓期、大正14年(1925年)7月、ピパイロ岳、戸蔦別岳、幌尻岳の初登ルートとして使われた戸蔦別川。源流は、九ノ沢がピパイロ岳(1917㍍)、十ノ沢が1967峰、そして本流は戸蔦別岳(1959㍍)~北戸蔦別岳(1912㍍)を源にしており、川筋からこの1900㍍の山々が衝立のように見える。戸蔦別岳には南から順にAカール、Bカール、Cカールと3つのカールがあるが、Bカールを登り、Aカールを下るというのが計画だったが、上部は残雪が多く、状況が分かりにくいAカール下降はやめて、登ったBカールを下降路として使った。
 なを本山行中、C995手前のナメ滝(高さ.5㍍)でおのっちがスリップして「釜落ちドボン」、Bカール手前の雪渓最下部でもっちがスリップし、止めようとしたひとみ、イーノとともに雪渓末端から沢中に1㍍落下するなど、反省点が少なくない山行だった。

 7月13日、上々の天気のもと、ワクワクしながら衝立山をチラ見しつつ美しい渓流沿いを歩いた。2年前の同じ時期に同じルートを行った時は天気に恵まれなかったので、救われた思いの入山だった。
 カタルップ沢から八ノ沢合流点までの林道跡は、歩行者が少ないためか、フキ、ササ、ヤナギなどの雑木の繁茂が進んで、路肩の崩壊がさらに進んでいるように見えた。
 C995三俣出合にBCを設営。釣りタイムをたっぷり取ったが、全員が「坊主」。途中、魚影が見えたのだが、C995付近は近くに雪渓があって水温が冷たいせいか、オショロコマの動きが鈍いのか。それともわれわれの技術の問題なのか。
 C995三俣出合からは右股を行くが、入って5分のところに高さ10㍍の滝が現れ、右岸を嵩巻いた。その後も、30㍍三段の滝などそれなりに滝は出てくるが、主なものは水量が激しく、高巻いた。Bカールはこじんまりしているが、コンパクトにまとまっており、景観的にもなかなか良い。テン場としてもなかなかいい。BカールはC1881ポコと戸蔦別岳の肩の間の稜線めがけて、ガリーを詰めた。心配していたカール壁の雪の付き具合はさほどでなく、雪が消えた部分を行った。戸蔦別岳山頂からは幌尻岳、七ツ沼カール、その向こうにカムエク、エサオマン、1839峰、1967峰~ピパイロ~伏美の稜線の展望を楽しめた。
 BCの2泊目は1泊目に続き、賑やかな酒宴。行動をほぼ終えたこともあり、酒が進んだ。日高の山中に抱かれるように夜を楽しみ、寝た。

戸蔦別川6号堰堤を出発
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沢筋に入ると、正面に1900㍍の稜線が衝立のように見えてくる。戸蔦別岳AカールとBカールの上部が見えている
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こんな渓相が続く。渡渉、川中進行、高巻きー。
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おのっちがスリップ、「釜落ち」ドボンした滑滝
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C995三俣BCから先はこのような渓相の急流になる
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滝もそれなりに
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やがて雪渓が断続するようになった
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急な斜度の雪渓では軽アイゼン装着で登った
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そしてBカールの入り口に。コンパクトなカールが美しかった
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Bカールの戸蔦別岳~C1881ポコの間を目指して、ガリーを行く
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戸蔦別岳~C1881ポコの間の稜線(登山道)に到達した
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戸蔦別岳山頂から七ツ沼カール、幌尻岳をのぞんで
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登頂記念ショット
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登頂記念ショットその2 1967峰などをバックに
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縦走路から再びBカールのガリーへ
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カール下部の雪渓で尻滑りで遊んだ
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カールを源流にした流れを下り始める
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BCテン場の光景=15日朝
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オシォロコマのてんぷらなしは想定外だった
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「下山」の開放感から、八ノ沢出合で泳ぐ=15日
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by babishe2009 | 2013-07-16 01:41 | 山行部 | Comments(0)

【山行部】千走川右股雪渓~狩場山(1520㍍)=2013年5月25日

千走川右股雪渓から狩場山(1520㍍)⁼2013年5月25日

◆メンバー ナカジ―、半テツ、taiki、黒猫
◆タイム 賀老林道C400付近7:00⇒賀老の滝駐車場7:55\8:10⇒C700テラス9:19\9:41⇒C1450最高到達点12:10\12:45⇒賀老林道C400付近14:40
この日の軌跡
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 山行部の5月の企画山行として、4人で島牧村の道の駅「よってけ!島牧」に前泊日帰りで、千走川右股雪渓から、狩場山を目指した。この時期の狩場山東面は4年連続になるが、今年の残雪の多さは際立っていた。自然融雪任せの賀老林道はC400付近までしか車が入らず、賀老の滝駐車場まで小一時間かかった。前夜の好天がうそのような曇天空からパラパラ小雨が落ちる中、スタート。雨はやがて上がったが、曇天の一日だった。ブナは新芽を吹いていたが、なぜか鮮やかさに欠けた。天気のせいだろうか。それとも、時期が少し早かったか。
 林道が千走川右股を横断する地点から、沢を右に見ながらブナの森を行く。森を抜けると、前方に、狩場本峰~東狩場山の稜線が扇状に広がるC700テラスで一休み。このあたりまで来ると、右股はびっしり雪で覆われており、あとは沢中の雪渓の上を行った。一部クレバスが見られたが、残雪の多さから沢中はびっしりとザラメ雪で覆われていた。
 C1300付近からはガスの中に突っ込み、視界20~30㍍のホワイトアウトの中、C1450、狩場本峰まで残り400㍍地点で戦意喪失。ここを今日の最高到達点として滑降に移った。クレバス帯に注意し、標高差700㍍を一気の滑降。この雪渓は何度滑っても素晴らしい。
 あとは新芽が芽吹くダケカンバ、ブナの森を滑って賀老林道へ。途中、黒犬を連れ、ツボ足、ピッケル・アイゼン姿の単独行者とすれ違った。この日は山中で一泊するとのことだった。
 この日の走行距離は20.9㌔だった。山頂からの眺望が楽しめなかったのが残念至極。


賀老林道の歩きだし地点の光景
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賀老の滝駐車場
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ブナの森を行く
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千走川右股雪渓を行く
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GPSデータで、C1450、山頂まで400㍍地点でエンドとした
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雪渓を滑り降りる
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右端の山が東狩場山
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ザラメ雪を蹴散らして
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標高差700㍍のダウンヒルは結構足にこたえる
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動画(ナカジー撮影)

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by babishe2009 | 2013-05-26 07:59 | 山行部 | Comments(0)

【山行部】雄冬山(1198㍍)~浜益岳(1258㍍)=2013年4月20~21日

雄冬山(1198㍍)~浜益岳(1257㍍)=2013年4月20日~21日

◆メンバー(9人)
ひとみ、なべ、フナコッシ、おのっち、黒猫
(20日のみ日帰り)ダイスケ、半チャン、パッポ隊長、雄叫びりょう
◆タイム
20日 幌稲荷神社先8:25→林道合流点9;25\9:40→浜益御殿12:55\13:10→C965樹林内C1テン場13:15
21日 C1テン場6:00→浜益御殿6:20\6:30→雄冬山8:05\8:30→浜益岳11:20\11:45→浜益御殿12:40\12:55→C1テン場13:10\13:50→幌稲荷神社先15:10(下山)

動画


2日間の軌跡
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 増毛町・大別苅~旧浜益村・幌を結んで、江戸時代に開削された「増毛山道」の南半分をスキーで歩き、滑った。今年は雪が多く、幌稲荷神社から少し入った床丹への林道分岐の手前、標高60㍍地点からの歩きだしとなった。
GPSデータでは2日間の走行距離は37.9㌔。距離を稼ぐ山スキーの威力を発揮する山行と言える。「増毛山道」最高標高地点の浜益御殿(1039㍍)には2日間で都合3回立った。初日(20日)に浜益御殿山頂に立った時は風雪模様で視界が利かず、予定していた雪上ジンギスカンどころでなく、荷揚げを分担してもらった精鋭4人には申し訳ない限りだった。二条市場の名肉店片岡精肉店で買い込んだ極上生ラム肉は泊まり組5人でテント内ジンギスカンで食すことになった。
 翌21日は朝から素晴らしい天気に恵まれ、ポカポカ陽気の中、雄冬山、そして浜益岳の山頂に立って、滑って、稜線漫歩し、白一色の絶景を楽しんだ。伊藤秀五郎が名著「北の山」で、北海道で唯一、1000㍍を超える峠道として紹介した浜益御殿~雄冬山の「増毛山道」跡付近をトレースしたと思われるが、分厚い雪に覆われていた。よくぞ、こんな高いところを歩いたものだと感心するしかない。
 テン場は当初、浜益御殿東の平坦地を予定していたが、風が強かったので、御殿山頂から幌側に少し下ったc965地点の疎林帯に置いた。20日の天気が良くなかったので、その日、予定していた浜益岳アタックを21日の雄冬山アタックの行程にくっ付けたので、2日目の行動時間が長くなった。

幌から浜益御殿への登り。このあたりまでは天気はまずまずだったのだが、このあとホワイトアウトになった(20日)
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浜益御殿下に張ったテン場から浜益御殿(正面)越しに雄冬山(左奥)が朝日に輝いていた(21日)
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浜益御殿を越えると雄冬山がどっかりと。山頂から右に延びる山稜のどこかを「増毛山道」が増毛町側に抜けていたはずだ
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雄冬山山頂にて。バックには暑寒別岳、尾白利加岳、郡別岳、浜益岳、浜益御殿が一望できた
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雄冬山からの滑降
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目指す浜益岳が遠くに見えた
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浜益岳山頂に着いた
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浜益岳山頂にて。雄冬山をバックに
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浜益岳山頂にて。暑寒別岳~郡別岳をバックに
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浜益岳からの滑降
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by babishe2009 | 2013-04-23 03:24 | 山行部 | Comments(0)
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札幌発バビシェ・マウンテン・クラブの活動記録です


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